戦後日本の賃貸住宅の事情

戦後日本の賃貸住宅の事情

これからの住宅のあり方を考える上で、日本の住宅の歴史を知っておくことで現代のマンションなどに対する人々の考え方の根底に流れるものが見えてきます。

 

江戸時代から明治時代にかけては長屋と呼ばれる貸し家制度{賃貸住宅}が主流でしたが、第二次世界大戦後になって戦勝国であったアメリカのGHQの指導のもとに日本国憲法の制定から始まり全ての制度の見直しがなされました。

 

 

 

不動産に対する税制の改革も行われ長屋式の賃貸住宅が中心であった住宅にも所有権が認められ、不動産に対する固定資産税と言う方式で国家の財政基盤を制定しました。

 

この時代に行われた制度改革によって日本の住宅にも所有権と賃貸制度が定着して行きます。

 

戦後の日本の住宅事情は戦火によって多くが消失しましたので極端な住宅不足が起きましたし、戦火で焼失した後の土地をめぐって所有権や敷地の境界線などの主張をめぐって争いも多発しました。

 

 

 

戦時中に戦火を恐れた人達が地方に疎開していましたが戦後になって東京に戻ってきました事に加えて戦火で数多くの住宅が焼けて無くなりましたので住宅不足は深刻になっていました。

 

戦後は混乱していた時代ですので焼け野原になった土地にトタンと板で勝手にバラック住宅と言われるものが建てられもしました。

 

しかし、時間の経過とともに日本経済も復興を成し遂げて行きましたので次第に土地所有者達が賃貸用にアパートを造って行きました。

 

 

 

また、国や自治体も住宅供給のための公団など賃貸住宅を造って住宅の供給を促してゆきます。

 

この様な極端な住宅事情の悪化に懲りた日本人にとって不動産所有に対する信仰にも近い欲求が強まっていったのです。

 

この不動産所有欲が後の不動産神話を生みだしてバブル経済へと膨張して行く原因になったのです。